『努力がいらない』って本当ですか?


皆さん、こんにちは!

マインドアーキテクチャーの文野義明です。

 

苫米地式コーチングでは、『努力がいらない』と主張しています!

というのも理由は簡単で、努力という言葉はもちろん『目的に向かって力を尽くす』という非常に尊い意味がありますが、如何せん日本では『嫌なことを我慢してやる』といったドロドロした血生臭いイメージが入っています。

良くご存知なように脳は基本嫌なことは徹底的に避けたがるので、嫌なことを努力してやるというのは、機能脳科学から観ても非常に無駄の多い非生産的な行為です。

なので、そういう意味で努力不要というのは、とても合理的な意味でしょう!

私個人も、この意味での努力不要は賛成です!

Want-toを実践する方が、生産性は100倍高くなります。

 

しかし、残念なことに、努力不要という言葉を、『何もやらなくてもいい』という言葉で理解しているのなら、それはとても都合の良い解釈だと言わざるを得ないでしょう。

何もせずに、ぼんやりと口をあけて、何かがやってくる可能性は非常に低いと思います。

これは私の理解ですが、釈迦は苦行はいらないとは確かにいったけど、修行がいらないとはいっていないということです。

 

さて、ここで改めて努力不要ということについて考えてみると、それは好きなことをやりないさいという一言に集約できると思います!

好きなこととは、当然Want-toですから、自分の生産性やクリエイティビティを格段に引き上げます!

そしていうまでもなく、楽しいことをしているときというのは、努力しているという感覚はありません。

子供が毎日一生懸命DSでポケモンをやっている、三国志が好きな大人が暇があれば三国志を読んでいる等です。

もちろん好きなことをやるというのは、往々にしてこだわりという概念とその分野について博識になるということが入ってきます。

そして、それを徹底的に突き詰めれば、自分だけの付加価値が創出できます!

 

嫌なことを努力しても私たちは何処へもいけません。

しかし好きなことを努力すると、私たちは何処へもいけるのです!

 

文責:文野義明(ブログはこちら

担当講座:最先端の神経科学の知見から理性と感情をコントロールする方法


Authors

Related posts

Top